戦艦 大和CHILDREN ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

戦艦大和といえば・・・・ここ!!

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戦艦大和CHILDREN Ver1.5

戦艦大和 分析

大和、海上特攻の残した影響

戦艦大和の海上特攻の真相によれば、戦後になって流布された「特攻のさきがけとして死地に向かった」という特攻さきがけ説に、以下のような理由から、疑問が呈されている。

・当時の日本の象徴的戦艦は長門や陸奥であり、戦艦大和は極秘にされていたため、国民や陸軍将兵にとってあまりなじみがなく、インパクトがない。
大本営は戦艦大和の撃沈を新聞・ラジオなどでは大々的には伝えていなく、新聞には水雷戦隊の写真が掲載され、大本営発表では戦艦一隻撃沈とだけなされていた。

・戦艦大和以下第二艦隊には連合艦隊から沖縄に突入し敵艦船を撃滅する命令が出ているのであって、「天一海上特攻」といっても決して撃沈されることを目的としていたわけではない。
戦後、元連合艦隊司令長官豊田副武大将は戦艦大和の沖縄突入成功の確率は50%もなかったと証言したが、これは沖縄突入が成功する可能性を期待していたことを意味している。
沖縄突入命令にもかかわらず、戦艦大和が撃沈されると生き残っていた駆逐艦は、人員を一部救助したが、突入を諦めて、反転引き換えした。
連合艦隊は退却し始めた水雷戦隊の行動を追認するかのように、沖縄突入中止の命令を発した。
一億総特攻のさきがけにさせるつもりであれば、突入成功の採算は問題ではないのであるから、最後の一隻まで沖縄に突入させたに違いない。

以上から判断して、戦艦大和以下第二艦隊の天一海上特攻の目的は、特攻のさきがけではなく、戦艦大和の海上特攻は、菊水作戦の航空特攻の囮として行われたものと考えられる。
実際、第二艦隊出撃日から数日間が菊水作戦における特攻機出撃数のピークであったことも確認されている。
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戦艦大和 分析

大和、水上特攻(燃料編)

戦艦大和は、沖縄に集結する敵水上艦艇、輸送船団を撃滅すべく、昭和20年4月6日午後3時20分、柱島基地から出撃した。
生還を期しない水上特攻部隊の旗艦として僚艦9隻(軽巡矢矧、駆逐艦雪風、浜風、磯風、朝霜、霞、初霜、冬月、涼月)と共に。制空権は敵にあり、大和が沖縄に到着するまでに敵航空機に撃沈される事は必至であり、作戦というより「大和の死に場所」を求めた特攻隊の美名を冠した出撃であったといわれる。

この出撃の際、大和は「片道分の燃料しか搭載していなかった」と言われている。当時連合艦隊参謀長より発せられた作戦計画は、搭載燃料2000トン以内というもので、大和が沖縄を往復する為には4000トンの燃料が必要なので、この作戦通りであったのなら、片道分の燃料しか搭載していなかった事になる。

当時どの基地の重油タンも殆どが空で、訓練もできない状態であった。
軍令部からの作戦命令も水上特攻である事と重油の枯渇により片道分の燃料としたのである。しかし、実際は大和含め第二艦隊、水雷戦隊が往復できるだけの4000トンを搭載して出撃した可能性が大である。
現場である軍需部の独自の判断で当時「武士の情けを知らないような事はできない。」との事で軍令部の指示した2000トンは帳簿から出したが、それ以外の2000トンは空タンクに残っている重油を手押しポンプで揚げて大和になんとか搭載したとの事である。

実際にタンクの容量が少なく、航続距離も出ない駆逐艦が4隻無事生還していることから、同じく出撃した大和に片道分の燃料しか搭載していなかったということは考えにくい。
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戦艦大和 分析

大和は小さい?

大和を表現する言葉の多くに巨大戦艦として用いられる。
しかし、実際には大和は巨大であったかといえばそれは否であり、特徴はきわめて小さく作られた戦艦であるということができる。

大和の巨大という表現は排水量の大きさからきているが、排水量とは艦の大きさを直接表すものではなく、艦そのものの重さを表している。

大和の排水量が大きくなってしまったのは、1基(門160tの砲を3門)駆逐艦1隻分の重さがある主砲を3基も搭載している為、銃身が上に傾き、転覆の危険性を防ぐために幅を広く、装甲を厚くし、バランスをとった。そのために大和は重い戦艦となってしまった。

しかし、一番砲塔付近が低くなった独特の船型は、主砲塔の重量超過から復元性を確保していて、このような主砲の重量超過に関わらず、大和は排水量を小さく抑えることができた。大和のその戦闘力から見れば、8万t級戦艦以上になってもおかしくない戦艦であった。
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戦艦大和 分析

大和はどのくらい強かったのか?!

大和型戦艦は日本海海戦での勝利を背景に、大艦巨砲主義の下に建造され戦艦としての戦力は他国を圧倒しており、単艦で大和に対抗しうる戦艦は現代に至っても存在しないと思われる。

よく大和のライバル的存在としてアメリカのアイオワ級が引き合いに出されるが16インチ砲と大和の18インチ砲では同程度に射程をもつが弾丸重量の差はそのまま威力と貫通力に比例し、基本的に戦艦は自艦の主砲に対する装甲を施しているが、それより大きな砲に対する防御力を有しておらず、高速のアイオワ級であろうとまともに主砲の撃ち合いになれば攻撃力と防御力が違う大和には対抗できない。
そもそもアイオワ級はパナマ運河通過を基準に大きさを設定しているので大和ほどの主砲を持てなかった。(計画だけに終わったが巨大砲塔を有したモンタナ級という艦もあった。)

戦闘様式の変化により、大和、武蔵はその力を発揮できずに終わったが戦艦としては間違いなく最強であったといっても過言ではないだろう。
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