戦艦 大和CHILDREN ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

戦艦大和といえば・・・・ここ!!

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戦艦大和CHILDREN Ver1.5

戦艦大和 装備

戦艦大和副砲 対空射撃について

大和型戦艦の副砲は条約型巡洋艦、駆逐艦などの突撃に対処するためのものだが、対空射撃には有効とは言い難く、副砲を全廃して両用砲に転換したノースカロライナ級やキングジョージV世級の方が設計に先進性があったという意見が幅広く見られる。
しかし、戦闘詳報によると遠距離での雷撃機等の迎撃に有効であるとの記述があり、一般に流布している説とは逆に、当の海軍は本砲の対空能力を非常に高く評価している。

大和型の副砲は、充分な数の護衛艦を持てない劣勢な海軍(米英以外の全て)が、敵の水雷戦隊を「魚雷を放つ以前の距離で迎撃する」ための兵装である。
つまり12.7センチ程度の小口径高角砲では、水雷戦隊阻止に充分な有効射程を持てないため、より大口径の副砲が必要という観点に立つものだ
高角砲の大口径化は、発射速度、砲の追従性など肝心の対空砲力を低下させるため、本末転倒になりやすいという弱点もある。

主砲を水雷戦隊の迎撃に使用する愚を考えるなら、その間、敵戦艦は妨害なく砲撃してくる、分離は一理あるという意見もあり、実際、サマール島沖では米駆逐艦ジョンストンが非常に近くに接近したため、主砲が撃てず副砲で撃沈している。

仏独伊が大和型と同時期に建造した戦艦でも副砲と高角砲は分離されている。
特にフランス海軍では、ダンケルク級で一旦両用砲を採用したが、両用砲は平射砲としても対空砲としても能力不足という判定から、次のリシュリュー級で、再び高角砲と副砲に分離しているという事実はあまり認知されていない。
実際キングジョージV世級の両用砲は、装填機構や砲の追従性の問題で対空射撃が困難であったと判定されているし、ノースカロライナ級の両用砲は、対水上砲として考えた場合、有効射程が短すぎて、駆逐艦の雷撃を阻止できない可能性が多分にあった。
誰が見ても合理的な両用砲だが、多くの海軍が採用しなかったのは理由があるのである。
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大和型戦艦、大和と武蔵の違い

大和型戦艦の違いと言えば主に兵装が挙げられる。
その違いは下記の通り。

◎竣工時
大和(呉工廠):武蔵(三菱長崎造船所)
主砲46cm3連装×3:主砲46cm3連装×3
副砲15.5cm3連装×4:副砲15.5cm3連装×4
高角砲12.7cm連装(盾付き)×6:高角砲12.7cm連装(盾付き)×6
高角砲12.7cm連装(盾なし)×0:高角砲12.7cm連装(盾なし)×0
機銃13mm連装×2:機銃13mm連装×2
機銃25mm3連装(盾付き)×8:機銃25mm3連装(盾付き)×8
機銃25mm3連装(盾無し)×0:機銃25mm3連装(盾無し)×4
機銃25mm単装×0:機銃25mm単装×0
二一号電探×0:二一号電探×0
二ニ号電探×0:二ニ号電探×0
一三号電探×0:一三号電探×0
九四式高射装置×2:九四式高射装置×2
機銃射撃指揮装置×4:機銃射撃指揮装置×4
150cm探照燈×8:150cm探照燈×8
探照燈管制器×8:探照燈管制器×8

◎昭和19年10月
大和:武蔵(最終時)
主砲46cm3連装×3:主砲46cm3連装×3
副砲15.5cm3連装×2:副砲15.5cm3連装×2
高角砲12.7cm連装(盾付き)×6:高角砲12.7cm連装(盾付き)×6
高角砲12.7cm連装(盾なし)×6:高角砲12.7cm連装(盾なし)×0
機銃13mm連装×2:機銃13mm連装×2
機銃25mm3連装(盾付き)×16:機銃25mm3連装(盾付き)×16
機銃25mm3連装(盾無し)×13:機銃25mm3連装(盾無し)×19
機銃25mm単装×26:機銃25mm単装×25
二一号電探×1:二一号電探×1
二ニ号電探×2:二ニ号電探×2
一三号電探×2:一三号電探×2
九四式高射装置×4:九四式高射装置×2
機銃射撃指揮装置×12:機銃射撃指揮装置×14
150cm探照燈×6:150cm探照燈×6
探照燈管制器×6:探照燈管制器×6

◎昭和20年4月
大和(最終時)
主砲46cm3連装×3
副砲15.5cm3連装×2
高角砲12.7cm連装(盾付き)×6
高角砲12.7cm連装(盾なし)×6
機銃13mm連装×2
機銃25mm3連装(盾付き)×24
機銃25mm3連装(盾無し)×25
機銃25mm単装×3
二一号電探×1
二ニ号電探×2
一三号電探×2
九四式高射装置×4
機銃射撃指揮装置×18
150cm探照燈×4
探照燈管制器×4

両艦のその他での違いだが、武蔵は大和に対しての司令部拡大と改良を要求され、司令部施設の増強の他、艦橋作戦室、信号指揮所、信号所、通信指揮室の改正等が実施され、旗艦としての使い勝手は武蔵の方が上だった。
また大和は昭和18年12月25日にトラック島沖で米潜から雷撃受け、この被害を調査した結果、思いの外、損傷が酷かった為、新たな隔壁や水防区画の設置、甲板受け材の強化等が実施されたが、武蔵ではこれらの工事が行われる事はなかった。
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大和の造船技術

大和型戦艦は実験艦ではなく、あくまで連合艦隊旗艦(指令艦的な役割)として耐えうる“実用艦”として建造された。
旗艦である以上、故障・不調は許されない。
石橋を叩いて造った戦艦というべきものである。
溶接適用範囲の縮小、主機械のディーゼルから蒸気タービンへの変更もそれゆえである。

艦橋形状や舵配置、機関等の重要構造部はいくつかのテストベットを経て採用されていて、昭和10年代の日本がもっていた確実な建艦技術が投入された。
有名なところでは戦艦比叡の戦艦復帰改装時の艦橋形状の採用、潜水母艦大鯨で故障続きだったディーゼルエンジンの不採用などがある。

大和型戦艦建艦に携わった技術陣の多くは戦後、活躍の場を民間に移し、戦後高度経済成長期の巨大タンカー建造など諸方面に腕を振るうこととなる。
西島式ともいわれる呉工廠における建造時の膨大な工数管理などは、今日の大型船舶建造の基礎ともなり、造船王国日本の復活を下支えすることとなった。

ブロック工法は建造期間の短縮には役立ったものの、溶接ではなくリベット接合を用いたため、建造期間がその分だけ延びたことは否めない。
大和型戦艦のリベットは直径約4センチの削り出しのものが用いられたといわれ、鋲打機も特注であり大人二人で抱えあげて打ち込んだという。
装甲が硬く厚いため一度打ち込んだ時にそれが少しでも歪んでしまうと、再び打ち直すためにその鋲を抜くだけで、丸一晩かかることもあったという。

戦艦大和建造に関する溶接技術の使用は、近年明らかとなった資料「船体構造ニ艤装品機関及兵器関係金物ヲ取付ケル熔接適用範囲其一」と、昭和14年2月22日の呉海軍工廠造船部製図からと、「船体構造電気熔接使用方針並要領」昭和13年4月9日、呉海軍工廠造船部製図と、いずれも呉市大和ミュージアム所蔵から、強度が必要とされる箇所は鋲(リベット)接合が用いられ、電気溶接は主要構造部には殆ど用いられていないことがわかっている。

これは当時の日本の溶接技術レベルがまだ低かったことを意味しており、建造当時の日本の技術力では信頼性のある材質の溶接棒が日本では開発できなかった事が主な原因でありそれまでの大鯨や最上など実験的溶接を多用した艦における船体変形などの失敗をふまえての措置であった。
ただし大和型戦艦では、上部構造物など可能な限り溶接を使用することにより、船体重量を抑えようとしていたことも設計図面の溶接を示す長体「S」マークから証明済み。
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夢に終わった改大和型

アメリカが建造を開始した戦艦群に対抗するため、1942年に第5次補充計画によって計画された戦艦3隻の内の一隻、第979号艦であり、第4次補充計画で建造される大和型の第110号(信濃110号)及び111号艦(111号)の改良型。

大和型戦艦の装甲が「対46センチ防御」として厚すぎると判断された結果、大和型の舷側410ミリ、甲板230ミリ(最大)に対し110号はそれぞれ400ミリ、190ミリと薄くなる一方、艦底の防御壁は大和型の二重から110号は三重へと強化されている。

改大和型は110号を基本設計としていて、武装の強化もおこなっている。
それまで4基を搭載していた副砲のうち舷側の2基を撤去し、舷側の対空火器を40口径12.7センチ高角砲から65口径10センチ高角砲に強化した。
また主砲も46センチ砲ではあるが長砲身である50口径にするという案もあったと言われる。

この後に超大和型も計画されるが両型ともに航空機の活躍により戦艦そのものの存在意義をミッドウェーなどの教訓に問われ、両艦の建造費は空母建造などの費用に予算は当てられ、建造されることはなかった。

なお、計画通りに進めば改大和型の竣工は1946年頃、超大和型は1947年半ばになったといわれる。
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大和の工夫(爆風編)

大和の巨大な46cm主砲発砲時の風圧は、甲板上にいる人間や搭載する航空機等に甚大な被害を与えてしまうため、その対策が実施された。
主砲が発射されたときの衝撃波は凄まじく、実験では航空機が粉々に砕けるほどであった。
さらに主砲発射時には甲板上にいる者に対してブザーが鳴り警告をしていた。1回目で甲板乗員は艦内に退去、2回目で発射するという手段を執っていた。

工夫その1:シェルター付き高角砲、機銃
機銃手の衝撃波避けのためにシェルターが付けられたが、増設された機銃の一部には施されていない(増設高角砲及び一部の機銃には、新造時に装備されていたものを移設)。
むき出しの機銃員は上記のように、ブザーで大和の艦内に待避させていた。
そのため、対空戦闘では主砲発射に伴う要員の待避、再配備の空白の時間が出来てしまう弱点になっている。
大和型では艦載艇の設置場所として、甲板上を避け、艦内に通船格納庫を設けた。

工夫その2:カタパルトと航空機格納庫
大和型戦艦は主砲発砲時の爆風対策として、艦内に航空機格納庫を設け、6から7機の水上機が搭載可能だった。
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大和の蜂の巣甲板

砲戦術が未熟で直接照準に頼っていた頃には、弾丸は水平に近い状態で飛来するので、艦艇の装甲も舷側部だけを考慮しておけば良かったが、遠距離砲戦術の発達に伴って大落角で飛来する大口径弾が発生し、甲板にも装甲を施す必要に迫られるようになった。
更に航空機の発達に伴い、戦艦は直上からの攻撃にも対処しなければならない状況となった。

板防御で最大の弱点となるのは、直接防御することの出来ない煙路である。
そこで考え出されたのがコーミングアーマーであるが、これは開口部の周囲をある程度の高さを持った装甲で覆い、砲弾の侵入を阻止するものである。

斜めに飛んできた弾丸はコーミングアーマーに阻まれ、開口部から艦内に侵入することは出来ない。しかし弾丸の落角が大きくなるに連れて必要なコーミングの高さも増大し、爆弾のように直上から飛来するものに対しては防ぎようが無いと言う欠点も持っている。

直上からの侵入を防ぐ方法としては、コーミングを傾けて直上の開口部を無くすか、城門の枡形に倣って煙路を屈曲させる方法がある。
しかし開口部を覆い隠せるほど傾斜させた場合にはコーミングは長大となり、少しでも減らしたい大和の装甲重量はさらに増してしまう。
なおコーミングの傾斜と同角度で侵入する弾丸に対しては、後方に傾斜させればその可能性は無視しうるものとなるが、後方からの爆撃に対しては侵入の可能性を消すことが出来ない。
枡形にすれば何れの可能性も消すことが出来るが、煙路が幾分か複雑と成り、装甲重量の増加はより著しく増す。

コーミング方式の欠点を解消するために開発されたのが、大和の装甲板自体に穴を開けて排煙を通過させる蜂の巣甲板であった。
理論的には開口による強度の低下は板厚を増せば回復できる訳であるが、実際に製造するとなると、数々の困難があったことが予測される。
 
蜂の巣甲板の名称が外観に由来するものであることは十分に予想されるが、実際の形状は「蜂の巣」と言うよりも「蓮根」に近いものとなっている。しかし「蓮根甲板」では余りにも軍艦、ましてや最強戦艦として造られた大和のイメージを損なうので、最終的に「蜂の巣甲板」と命名されたものと思われている。
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大和の防御

大和の防御といったら重要区域に施された強力な装甲が代表的だが、あえてここでは水中防御に視点を置く。

日本海軍は水中弾の効果を重視していた。
そのために水面下にまで装甲板を伸ばした。これは米国の新型戦艦も同様であるが、大和型ではさらに主砲下部にまで装甲を及ぼしていた。
艦底での水中爆発に対処したのである。但し、これは一方で魚雷に対する無防御区画の範囲を広げた結果ともなり、米国の水中防御の思想と比べた時、一長一短あると指摘されている。

水中弾を含め対弾防御を重視した大和型の集中防御の設計は、結果的に米空軍の集中的な魚雷攻撃によって大和はその弱点を突かれた。もっとも10本以上に及ぶ多数の被雷は設計の想定外であった。
但し、この件に関しては水密鋼管を艦首部艦尾部の倉庫に充填することが建造にもかかわった大和艦長より進言されたが、艦政本部の速力低下と、予算と資材がないという理由で大和に採用されることはなかった。

また1943年に大和に潜水艦の放った魚雷が命中した際に、大量浸水という予想外の被害を受けた。戦闘直後の調査で大和の舷側装甲板の継手構造に設計上の問題があると判明していた。大和に関しては補強工事が行われたと言われているが、武蔵に関しては確実に行われていない。

戦後、米国の調査団は大和型の徹底的な解剖を試みたが、この点に関しては「大和型のアキレス腱」と言われている。

実際にこの弱点と大和の重量を利用されて武蔵の時より早く撃沈に追い込まれてしまった。
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大和、46センチ3連装主砲

アイオワ級などの米戦艦が装備する40.6cm砲の射程が約38kmであるのに対して、大和の有する46センチ砲の最大射程は約42kmで、初速780m/s(2,808km/h) で発射される。
つまり理論上は、大和は敵艦が射撃を開始する前から一方的に攻撃をしかけることができるのである(アウトレンジ攻撃) 。

大和型戦艦は敵戦艦に向けて主砲を発射したことはない。だが、もし大和が戦艦同士の艦隊戦になった場合、命中箇所によっては、いかなる敵戦艦をも、ただの一発で撃沈もしくは大破しえる可能性があったといわれている(あまりにも大きさの違う戦艦では一発轟沈も有り得た)。

ただし、大和の46センチ砲は「大口径だから42km先まで弾が届く」ということであって、実際に42kmの距離から敵を攻撃することを念頭においているわけではない。
ただ届くだけなら、例えばイタリアのヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の1934年式38.1センチ50口径砲は42,800mと大和並みの射程を持つ。だだし、イタリアの戦艦は速力と主砲を重視するあまり装甲が手薄になっていて、それが原因でローマやイタリアなど主要戦艦を失っている。

大口径だけでなく、装薬や砲身長により、射程を伸ばすことはできるが、大口径の上に砲身を長くしては砲撃したときの負担はかなり大きく、砲の寿命を縮め、命中精度の悪化させるなどでとても実用的とは言えない。砲の命中精度については、砲の性能や砲手の技量のほか、気温や風向風圧などの諸条件により、必ず誤差が生じる。

大和の場合でも、目標を中心として800m弱程度の着弾散布があったが、訓練によって300m近くに向上させている。
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大和の主砲弾

大和に主砲弾には敵艦攻撃用として九一式徹甲弾が採用されていた。
詳細は以下ようなものである。

大和に搭載されていた九一式徹夜甲弾は敵艦の手前で海中に落下した場合でも魚雷のように海中を直進し、敵艦に当たるようにできている。
弾頭のキャップが水中にはいると外れ、平頭に特殊加工された弾頭が現れる。
約200m水中を進むため、魚雷のように喫水下への攻撃が可能である。
これはワシントン軍縮条約で廃艦となった未完成の戦艦土佐を使った砲撃訓練によって偶然に発見された水中弾効果を利用したものだった。

とはいえ、実戦での水中弾発生確率は通常弾と大差なく、また水中弾発生時に有効となる大遅動信管の装着により、非装甲部分での命中弾が炸裂せずに貫通するという問題を抱えていて、大和といえどあまり使い物になっていない。このことにより、砲弾命中時に爆煙が視認できないため、砲戦指揮上問題があるとの指摘もある(このことは、砲術の権威である黛治夫大佐が著書で、命中弾が少ないという指摘に対して、視認できないだけで、実際にはもっと命中しているはずだと語っている)。

さらに、日本海軍の徹甲弾は弾体の強度が不足しているため、命中時に砲弾が破砕されてしまうという欠陥があった。具体的には砲弾径の9割以上の厚みがある表面硬化装甲に対し、撃角25度以上で命中した場合に見られる欠点であった。こうしたことから、大和型戦艦ではこの原因である被帽の取り付け方法を是正している。

だが大和からこれが敵艦にむけて発射されることはなかった。
日本海海戦の影響をうけ、艦隊決戦を夢みて作られた大和が戦艦として活躍することはなかった。事実、最後の艦隊決戦が日本海海戦であったのだから・・・。
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意外と素早い大和

大和はずんぐりした船体からは想像もつかない程良好な運動性能を発揮していた。
日本海軍では旋回性能の標準を「旋回直径÷艦の水線長」で現している。
この値には縦と横でわずかな違いがあり、横の旋回性能標準は戦艦3、大型巡洋艦4、軽巡洋艦5、駆逐艦6、縦で戦艦3、大型巡洋艦3.5、軽巡洋艦4、駆逐艦4.5とされていた。大和型の旋回性能は、横で2.43、縦で2.23と優れたものだった(一般に、同一排水量の場合、細長い船体のほうが旋回性能は悪化するとされている)。

大和の旋回半径自体も他の戦艦より優れていた。大和型の旋回直径は26ノットで横640m、縦589m(横2.43、縦2.23)である。
長門型戦艦は横530m、縦631m(横2.36、縦2.81)、金剛型戦艦は横826m、縦871m(横3.7、縦3.91)なので、船体の大きさを考えるなら、非常にコンパクトな旋回性能を持っていた。さらに、旋回時の船体の傾きも大和9度、長門10.5度、金剛11.5度であり、安定性も優れていた(他国戦艦の旋回圏はノースカロライナ級526m(2.36)、キングジョージ5世級850m(3.74))。

回避運動中の大和を上空からとらえた写真(ウィキペディア参照)をみると、周囲の海面が盛り上がっているのが分かる。
大和の小回りの効きの良さを裏付ける写真である。
マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、呉軍港空襲で大和は米軍機の投下する魚雷、爆弾の多くをかわす事に成功している。(もちろん艦自体の性能だけでなく搭乗員の質も上がってきていて、最後の水上特攻では何度も魚雷などをかわした。)
ただしこれほどの大きな艦の大和では舵をきってから実際に回頭を始めるまで数十秒必要であり、回頭すると速力は急激に落ちる。
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