戦艦 大和CHILDREN ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

戦艦大和といえば・・・・ここ!!

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

戦艦大和CHILDREN Ver1.5

戦艦大和 装備

大和の造船技術

大和型戦艦は実験艦ではなく、あくまで連合艦隊旗艦(指令艦的な役割)として耐えうる“実用艦”として建造された。
旗艦である以上、故障・不調は許されない。
石橋を叩いて造った戦艦というべきものである。
溶接適用範囲の縮小、主機械のディーゼルから蒸気タービンへの変更もそれゆえである。

艦橋形状や舵配置、機関等の重要構造部はいくつかのテストベットを経て採用されていて、昭和10年代の日本がもっていた確実な建艦技術が投入された。
有名なところでは戦艦比叡の戦艦復帰改装時の艦橋形状の採用、潜水母艦大鯨で故障続きだったディーゼルエンジンの不採用などがある。

大和型戦艦建艦に携わった技術陣の多くは戦後、活躍の場を民間に移し、戦後高度経済成長期の巨大タンカー建造など諸方面に腕を振るうこととなる。
西島式ともいわれる呉工廠における建造時の膨大な工数管理などは、今日の大型船舶建造の基礎ともなり、造船王国日本の復活を下支えすることとなった。

ブロック工法は建造期間の短縮には役立ったものの、溶接ではなくリベット接合を用いたため、建造期間がその分だけ延びたことは否めない。
大和型戦艦のリベットは直径約4センチの削り出しのものが用いられたといわれ、鋲打機も特注であり大人二人で抱えあげて打ち込んだという。
装甲が硬く厚いため一度打ち込んだ時にそれが少しでも歪んでしまうと、再び打ち直すためにその鋲を抜くだけで、丸一晩かかることもあったという。

戦艦大和建造に関する溶接技術の使用は、近年明らかとなった資料「船体構造ニ艤装品機関及兵器関係金物ヲ取付ケル熔接適用範囲其一」と、昭和14年2月22日の呉海軍工廠造船部製図からと、「船体構造電気熔接使用方針並要領」昭和13年4月9日、呉海軍工廠造船部製図と、いずれも呉市大和ミュージアム所蔵から、強度が必要とされる箇所は鋲(リベット)接合が用いられ、電気溶接は主要構造部には殆ど用いられていないことがわかっている。

これは当時の日本の溶接技術レベルがまだ低かったことを意味しており、建造当時の日本の技術力では信頼性のある材質の溶接棒が日本では開発できなかった事が主な原因でありそれまでの大鯨や最上など実験的溶接を多用した艦における船体変形などの失敗をふまえての措置であった。
ただし大和型戦艦では、上部構造物など可能な限り溶接を使用することにより、船体重量を抑えようとしていたことも設計図面の溶接を示す長体「S」マークから証明済み。
戦艦大和チルドレンTOPへ
私が月収100万円以上にした方法 全額返金保障付
過去の記事へ
カテゴリ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。